世にも奇妙な物語
朝、起きたら10時半だった。
ところで最近はわたし、3時寝11時起き、という習慣がついてしまっているので10時半起き自体はいつものことだった。
が、いかんせん今日は10時から書店のシフトだったのである。
起きた時点で既にシフトインしてるはずの時間を30分過ぎていた。
「今布団にいるこの時点でもう30分遅刻」というかなりヤバイ状況。
わたしの思考は一度停止した。
とりあえずわたしは30秒ほど布団の中でじっ、と考え込んだ。
「いや、どうする? どうしたらいいんだ?」
焦ってはいた。とても。けれど、10時半という時間がなんともやばすぎてやばさを実感できなかった。
一瞬、なんかよくわかんないけど逆に大丈夫な気さえした。
そしてちなみに、わたしが今日シフトに入る店は、基本的にワンオペだ。だから、わたしが起きた時はまだわたしが時間通りに来ていないことを誰も把握していなかった。しかし、店舗をつなぐ監視カメラのようなアプリの電源がついていないことから察したのか、わたしが起きたそれこそ30秒後くらいに、
「@七海さん、シフトに入っていますか?」
というメッセージが社員の木下さん(仮名)から、会社のグループLINEに送られてきたのだった。
そこでわたしはようやく現実を見た。
とにかく早く家を出ないとやべえ!!!
そこで急いで木下さんに個人LINEをした。
「木下さん、おはようございます。
本日10時からシフトなのですが、今起きました。本当にすみません。本当にすみません、、、」
「了解です!何時に来れそうですか?」
木下さんからの返事はすぐに来た。
ところで木下さんは、頼りになるし、仕事も早いし、書く文章も素敵でわたしが個人的に(勝手に)好意を抱いている社員さんである。
今回も、優しく建設的なLINEが来て、この人に迷惑をかけたくないと思った。
「すぐに家を出ます。50分後くらいに到着すると思います」
わたしはこの返事を急いで打ち、2分で支度を終え(ほんと)家を出ようとした……その瞬間、思い出してしまったのだよなあ。
やべえ、マックに腸内検査出してねえーーーーーーーーーーーーー!!!!!!!!!!!
わたしはマックでもバイトをしているのだが(月に3.4回しか入らないけど)、マックでは2ヶ月(多分)に1回、クルー全員が腸内検査をすることが義務付けられている。
しっかりした職場だよね。
つまり、2ヶ月に1回うんちを提出しなきゃならないのだ(月に3.4回しか入らない人ももちろん含まれる)。
そして、うんちを必ず提出しなければならない締め切り日が、なんと今日、しかも午前11時だったのだ。
死んだ!終わった!うんち絶対出ない!いや出るはずがない!起きてまだ5分ちょっと!腸はまだ寝てる!つーか今何時だ!?10時39分!時間もぎりぎり!書店に遅刻するうんぬん置いといても普通に間に合わねえ!やばい!
頭フル回転。
ただわたしは、今回は絶対にうんち提出を遅らせることができなかった。生理になってしまって…という嘘をつくのもはばかられるくらいの、負い目があった。
というのも前回の腸内検査の時、わたしは便秘になってしまって2日も提出が遅れてしまったのだ。さらに、シールを貼るのを忘れて、マネージャーのちかさん(仮名)にわたしのうんちキットに名前を書き書きさせてしまった。ちかさんは怒っていた。わたしのうんちを手にしながら怒るちかさんを想像したらもちろんとんでもなく申し訳ない気持ちになった。
だから、今回もまたうんちの提出が遅れることはすなわち、マック内での人権を失うこととイコールだった(おおげさ)。だから絶対に提出したい。
ああ困った。マジでうんちは出ない。耳を澄ましても澄ましても腸内からうんちのトルコ行進曲は全く聞こえないし、ひそんでいる気配もない。おりてくる気配もない。でも、絶対に提出したい、提出したい、提出しないと死ぬ。
そこでわたしはリビングにドタドタと駆けていった。
そこでは妹と母親がご飯を食べながらおしゃべりしていた。どうやら妹が何かオーディションを受けるみたいで、セリフの読み合わせをしていた。母親はその相手をしていた。
ドアを勢いよく開けリビングに突入したわたしは、
「うんち、貸してくれない!?(;▽;)」
と2人に心からお願いを申し上げたのだった。
しかし2人にはケタケタと笑い飛ばされ、出るわけないよと言われた。
だが真剣だったわたしは、
いや、待て!!! 全然こっちの必死さが伝わってねえ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!! マジでうんちを心の底から貸して欲しいのに!!!! こんなにも誰かのうんちを求めてやまないことはもうこれからの人生できっとないに違いない。というか、うんちを貸して欲しいと言う言葉が口をついて出る日が来るなんて思ってもみなかった。喉から手が出るほどうんちが欲しい。なんでもいい、誰のでもいい。こんな気持ちになることを一体誰が想像できるだろうか? 母! うんち出してくれよ!!! いつも快便じゃん!! 妹!!! セリフの暗記に集中したいのはわかるがとにかくうんち出してくれよ〜!!!!泣
と思った。
しかもこれは後で気づいたのだけど、これ多分「うんち貸して」じゃなくて「うんちちょうだい」が正しかった。
貸して、ではねえ。冷静になった今はそう思う。
さて仕方なく、わたしはわめきながらも、うんちを借りることは諦めた。
と、いうことは、もう自分でなんとか捻り出すしか選択肢はなかった。
この時点で10:40。絶望だ。書店には遅刻だし、腸内検査の締め切りは11時。
とりあえず、わたしは2分で支度を終えたので、普通の人の場合はたとえ遅刻が発覚したとしてもおそらく5分10分は身支度に時間がかかるだろうと定義し、ゆえに自分の持ち時間はあと8.9分はあるのではないかと考えた。
10:50までにうんちを出す。
それがわたしにとっての最善だという結論を出した。ソリューション。
あとはそこに向かって突き進むのみ。アウトプット。いろんな意味で。
わたしはまず、白米を貪り食べた。やはり食べなきゃ出るものも出ない。ひたすら白米を口に詰め込む。途中でえづいた。白米、むせ返るほど強烈に白米の匂いだった。あのなんとも言えないご飯の匂い。起き抜けの胃腸にはつらい。卵を冷蔵庫から出す。かけた。詰め込む、詰め込む。茶碗3/4ほど食べると、なんか出そうな気がしてきた。この瞬間、いけるんじゃないか?と希望が湧く。
だめ押しでコップ一杯の水を飲み、わたしは戦場へと向かった。
トイレである。
パンツを下ろし、便座に座る。
出ない。やっぱり出る気配がない。焦る。でも焦ると出なくなる。ここで出さないと死ぬって思うとわたしの天邪鬼なうんちは「じゃ、出るのやめま〜すwww」と言ってひっこんでしまう。経験上そうだ。だから、壁の一点のシミをわたしは見つめ、無の境地に入ろうと試みた。禅だ。
ひたすら見つめた。3分ほどがたった。
その時、プス、とおならが出た。プス、プス、と続けざまにまた出た。いけるかも!とわたしは思った。しかし、油断は禁物。わたしはまた無心に戻った。「出ても出なくてもいいんだよ〜ん」とうんちをけしかけるつもりで。
すると、奇跡が起きた。
うんちが出た!!!!!! それもこれでもかというほど見事な一本グソが!!!!!!
「よっしゃーーーーーーーー!!!」
わたしは大便採取キットとトイレットペーパーを握りしめて立ち上がり、拳を天に築き上げた。
泣きそうだった。人が土壇場に追い込まれた時の力を思い知った。
だが、世の中は盛者必衰。幸せは、長くは続かないのだ。
そう! わたしが勝利の雄叫びをあげる中、
「ピッ…ガガー…」
という音が聞こえたのだった。
突然の話になるが、うちの家では先日トイレを新しいものに交換する工事をした。3週間くらい前のことだった。
そんでもって最先端の機能を備え付けたNEWトイレは、自動洗浄とかいうマジで余計なお世話機能が、ばっちり搭載されとったんやなあ。
流れていくわたしの宝。わたしの女神。
こんなに頑張ったのに!? え、マジで流れる、ってか流れはじめてる。マジで、流れちゃううううううううううううううううううう〜〜〜〜〜ん!!!!
わたしはリアルガチ悲痛なトーンで
「行かないで!!!!!」
と叫んだ。
大声すぎて家じゅうに響き渡った(妹談)。
目の前で流れようとする、マイ・スウィート・マイ・ウンコ。
頭よりも先に手が出ていた。
「ヌン!」
気づいたら、握りしめていた。
しっとりしていた。
例えるならば、水族館のふれあいコーナーに大量にいる、なまこのような、ブツ。
こうしてわたしは、自分のうん◯(ここで思い出したかのように急にオブラートに包む)を掴んだことのある女として今日から生きることになりました。
よろしくお願いしますね。
P.S バイトにはもう遅刻しないように本当に気をつけます。ご迷惑をおかけしてすみませんでした。